りっちのこと

今日は私の娘「りっち」の話をします。

乳児期、幼児期、特に大病もせず順調に育ってくれました。
予防注射も一度も怖がったり泣いたりせず世に言う「楽な子」でした。
二番目の子供にありがちな「何でもひとりでできる」思想を持っていたのか、
洋服の脱ぎ着も、リボン結びも「兄ちゃん」とは雲泥の差でやってのけていました。
この「自分でやる!」の怖い物知らずがあだになって小さなケガの多い子供でしたが。

幼稚園の年長さんになる直前の春休みのこと。
都内の実家に子供ニ人を連れて泊りがけで遊びに行きました。
夕飯の買い物に出かける為母の自転車で出かけようとした私を見つけて、
「いっしょにいく!」とりっち。
子供用の座席が付いていないので危ないからだめだというと、
「へいきだもん。ぜったいいく!」と一歩も引きません。
私は渋々娘を後部座席に乗せて、絶対手を離しちゃ行けないよ!と言い聞かせ商店街へ出かけました。

買い物も済んだ帰り道、道路工事現場を横目に通りすぎようとした瞬間、
ドドドドドドド・・・・・・・・
突然工事が再開しました。
物凄い音に驚いたりっちはとっさに身を縮め、両足を動いている後輪のスポークの間に入れてしまいました。
そのことに気が付いたのは急に自転車の動きが鈍くなったからでした。
「いたいよー、いたいよー」
運動靴が脱げ後輪の内側に入りこんだ足を抜き、そこから5、600m先の実家まで娘を励ましながら必死に帰りました。
そのとき娘は一粒の涙も出さずに「痛い」を連発していました。

母が車で外科まで連れて行ってくれましたが、そこでも娘は涙を出さずに痛みに耐えていました。
検査の結果骨折は無かったものの、左足のくるぶしの内側の外傷が酷く、しばらくギブスをつけることになりました。
ギブスをつけ終わった瞬間、娘は私の顔を見るなり激しく泣き始めました。
ホッとしたからでしょうが、今までの痛みをずっとこらえていた事に母と私は驚きました。
その時のえぐれたような傷は今でも残っています。


以前、兄ちゃんの話をした時に「精神的に手がかかる子」と書きましたが、私が息子に手を焼いているかたわらで娘にとんでもない事が起きていました。
彼女が小学校一年生の夏休みを終えたばかりの九月のことでした。

「おにいちゃん、どうしてみどりいろなの?」
風呂上り、りっちが兄ちゃんを見て突然言いました。
みどり?お兄ちゃんは白いTシャツを着ていました。
「おまえ、なにふざけてんだよっ!」
あまりりっちがしつこく言うので兄ちゃんが怒り出しました。
「どうしたの」とかけつけた私を振り返って見た娘は真面目な顔で「ママもみどりだ!」
息子はふざけ半分に「うるさい奴にはこうしてやる!」と娘の顔の前でおならをしました。
自分でしておいて兄ちゃんは「くっせ~!」と顔をしかめていたのに対しりっちは澄ましています。
様子がおかしいと思った私はりっちの顔の前にありとあらゆる「臭う物」を持っていきましたが全く嫌な顔をしませんでした。

翌日、近くの総合病院へ連れて行って検査をした結果がこれです。
『神経性弱視』『味覚傷害』『嗅覚傷害』・・・三重苦です。
味覚と嗅覚は薬で何とか1ヶ月ほどで治りましたが、弱視は神経性なので精神的に落ち着けば見えてくるとのことでした。
「みどりいろ」は無くなったものの急激な視力ダウンに私は強いショックを受けました。
ただ医師の言葉を信じて眼鏡を作らず、さりげなく教室の一番前の席に座らせてもらったりして娘には以前と変わらずに接していました。

当時相変わらず手のかかる兄ちゃんでしたが、彼に関わっている間まだ小さな娘は一人でじっと我慢してきたのだと思うと申し訳無い気持ちでいっぱいになりました。
「お兄ちゃんと(カウンセリングの)病院に行ってくるけど・・・」と言うと、
「おともだちのうちでまってるね」「おうちでテレビゲームやってるね」と健気に寂しさを耐えて私に心配かけないようにしていた娘。
それがこのとき、一気に爆発してしまったのです。
「もっと、ママといっしょにいたい!」との思いが病気として出てしまったようでした。
その当時、主人は5年の単身赴任を終えたものの2時間以かけて千葉県から神奈川県まで通勤していました。
よって、朝早く夜遅い毎日ですから土日はぐったり、子供たちはパパには甘えたらいけないと思っていたようでした。
甘えたい年頃なのにパパは忙しい、ママはお兄ちゃんにとられている・・・彼女の心の奥深くにこんな気持ちがあったのかもしれません。

半年経っても相変わらず「こくばんのじがみえない。」と言っていた娘。
視力検査でも結果は0.3でした。
ここまでの経過を知らない眼科医は「眼鏡を作ったほうが良いのでは」と言いましたが私は総合病院の医師の言葉を信じて眼鏡を作りませんでした。
『ほおっておくしかないですね。時間はかかるかも知れませんが、「まだ見えないの?もう見えた?」などとお子さんに聞くとかえって「みえない!」というでしょうから。そ知らぬ顔で普通に接してください。』

「みえない」と言ってから半年以上立った春休み、娘を連れて電車に乗っていました。
途中駅で突然「あのかんじ、よめるよ。きた(北)とせん(千)だね。」
それは遠くの看板に書いてあった「北千住」の文字。
「へ~、漢字が読めるんだ。」と言って私ははっとしました。
視力0.4の私が眼鏡を掛けてやっと読めるほどの遠くの文字を目を細めることなく読んだ娘。
「見えてる!治ったんだ!」と言葉に出すと、「みえない!」と言いそうだったので澄まして『漢字が読めた事』としてほめてあげました。
本当はその場で抱きしめてあげたかったけれどここは我慢!
それから何回か行われた学校での視力検査は結果が「C」か「D」で眼科医で再検査のお手紙を貰ってきましたが私はすべて無視。
ようやく4年生の頃から「急に見えるようになった!」と言い出し、検査の結果は「A」でした。

この事をきっかけに娘とスキンシップをたくさん取ると同時に、「精神的に嫌だと言う事が表面に出ない分、兄ちゃんより厄介かもしれない」と思い始めました。


続く・・・
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by livingmama | 2005-02-16 09:57 | りっち