りっちのこと (その2)

「ママ、立てない・・・」
夏休みまであと10日ほどという日、りっちが弱々しく訴えました。
ここ数日間熱がひかず学校を休んで家で寝ていた時の事でした。
「ふざけてるんじゃないわよ!」と私がりっちの腕を持って引き起こしました。
しかし腰に力が入らないのかフニャっと布団に倒れこんでしまいました。
「ふざけてなんかいないよ。おトイレに行きたいのに・・・」
確かにこの緊急事態にふざけてはいられないでしょう。では、なぜ立てないの?
翌日かかりつけの病院に連れて行きましたが、その時には足腰はおろか両手にも力が入らない状態でした。
りっちの様子を見た医師はすぐに総合病院に連絡、紹介状を書いてくれて一刻も早くそこへ行くように私に指示しました。
もしかしたら今日は帰れないかも・・・まっすぐ病院に行かずいったん家に戻って手荷物をまとめ再び車に乗りこんだらちょうど中学校から帰宅した兄ちゃんが同行してくれました。

総合病院に着くと兄ちゃんがりっちをおんぶし、私は時間外の受付けをしてくれる場所を探しました。
「おまえ、こんなに重かったか?」
全身の力が抜けた状態でおぶさっているのでいつもより重く感じたようです。
小児科での検査は長時間に及び、私と兄ちゃんはいてもたってもいられませんでした。
外が真っ暗になった頃りっちの入院が決定しました。
そして「お母さん、入院の手続きがあるのでこちらへ。」と別室へ呼ばれました。

「もしかしたらお嬢さんは当病院で今までに症例のない患者になるかもしれません。」
とある病名を告げられました。
私は初めて耳にする病名でしたが難病とされている病気だということでした。
この病気に効果があるとされている強い薬を投与するので保護者の同意が必要だといわれて書類にサインをしました。
病室に戻ると兄ちゃんが不安そうにりっちを眺めていました。
ベッドに寝かされたりっちは首も曲げる事が出来ず、動くのは口と目だけでした。
いったん兄ちゃんと家に戻り入院に必要なものをまとめ、再び病院に戻ったのが23時をまわった頃でした。
「ママ、おなかが空いた・・・」
食事はベッドが可動するので上半身を斜めに起こしてから私が食べ物を口まで運びました。
途中のコンビニで買ってきたおにぎりを寝たままほおばり、飲み物は首が回らないので曲がるストローから飲みました。
トイレは病室にポータブルトイレを置き、私と看護師さんの二人で彼女を抱き上げて便座に座らせました。
でも自分の力ではどこも動かす事が出来ません。
ずっとこの状態が続くのかしら・・・付き添いで泊まりこんだ私の頭の中をいろいろな考えがよぎり、熟睡できませんでした。

翌日の朝食後いったん家に戻り夕方再び病院に戻るとりっちの顔が昨日より明るくなっていました。
「ママ、右手が少し動いたよ。」
昨日の強い薬が効いたのね、と喜んでいたら担当医師に呼ばれました。
「先生、手が動くようになったそうです。」
先生は意外な事にそれに対して手放しで喜んでくれませんでした。
「動いたんですが・・・こんなに早く動くはず無いんです。あの病気であれば。」
先生の話では強い薬を5日間投与しそれからしばらく経ってからじゃないと効果が出てこないそうです。
それではなぜりっちの手が翌日に動いたのか?
「あの難病ではないかもしれません。言いにくい事ですが、もしかしたら精神的なものかと・・・」
あ、もしかしたら・・・私はりっちが小学校1年生の時に精神的負担から弱視や味覚傷害などになった話をしました。
「なるほど、そんな事があったのですね。わかりました。今日から薬の投与は中止します。」
難病の疑いが晴れてホッとしたのと同時に、今度は何がりっちを苦しめたのだろうと考えました。

『修学旅行の班決め、だれもりっちと組んでくれなかった』
『りっちの黄色い絵の具が絵の具箱に全部ぬりたくられていた。』
『学級会でみんなに色々言われた。ぶりっこだ、とも言われた。』
そうだった!動けなくなる2,3週間前からこんな事を言っていた・・・
ちょうど小学校で個人面談の時期だったので担任の先生にこの件を伝えました。
先生にもこの話はショックを与えてしまったようで、数日後学校から娘宛にクラス全員からのお見舞いの手紙が届きました。
りっちはたいして嬉しそうな顔をせず、それどころか数人の手紙を読んで小さな声で言いました。
「わざとらしい・・・」
意外に喜んでいたのが春に同じ病院に入院した男の子からの一文で「その病院の食事はおいしいです。」というのを読んで「うん、うん。おいしー!」

この手紙を貰った頃は個室から大部屋に移り、両手と腰が動かせるようになっていました。
車椅子でトイレに一人で行けるようにもなりました。
急速に回復したのは同室の子供たちと仲良くなった事、大部屋で一人だけカーテンを閉めてポータブルトイレを使うことが嫌だった事がりっちの身体を動かしたように思います。
毎日朝10時頃に行くと隣のベッドの中学2年生のお姉さんとおしゃべりしたり、絵を描いたりしていました。
こうして心がリラックスする事がりっちにとって一番の薬でした。
私が病院に行くたびにりっちの容態が良くなっていきました。

そして車椅子を使わずにトイレに行ける日がついにやってきました。
「ママ!立てるようになったよ!!」
動けるようになってりっちがやった事は野球の選手のバッティングの真似でした。(正確には西武ライオンズのカブレラ選手)
丁度、小児科で一番偉い先生が巡回に来た時で、普段笑わない先生が思わず噴き出してしまったそうです。
そして「そんなに動けるようになったようだから今週の土曜日に退院していいよ。」と担当の先生に言われました。
退院の日が夏休み1日目の日でした。
(いまだにりっちが悔しがっているのが絵を描く会で推奨をもらったのに、終業式に行われた表彰式に出られなかった事です)
9日間の入院生活でしたがりっちにとって忘れられない怒涛の9日間でした。

退院しておよそ40日間同級生に会わなかった事も幸いしたようで、心の傷が少し癒えた頃に新学期になりました。
嫌な事はイヤ!と少しだけ言えるようになりました。
仲間はずれになっている子に自分から声をかけて遊べるようになりました。

6年生の夏、りっちはちょっぴりお姉さんになりました。
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by livingmama | 2005-02-22 16:16 | りっち